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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)140号 判決 1983年9月30日

控訴人

金原進こと

金南九

右訴訟代理人

北川敏夫

田中実

被控訴人

河京完

右訴訟代理人

前堀政幸

前堀克彦

主文

一  原判決を次のように変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し、控訴人から金四五〇〇万円の支払をうけるのと引換えに、原判決添付物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ右金員提供の日の翌日から右明渡済まで一か月金二万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じ二分し、その一を控訴人の負担、その余を被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二当裁判所は、控訴人、被控訴人間の本件土地賃貸借契約が、昭和五四年六月末日本件建物の朽廃により終了した旨の控訴人の主張は失当と認める。<中略>

三本件土地賃貸借契約の存続期間と更新拒絶の異議について

1  <証拠>によると、本件建物は、本件土地の所有者であつた河崎為之助が建築し越後正三に賃貸していたが、昭和二七年八月二〇日正三は、本件建物を買受けて所有権保存登記を経由するとともに本件土地を建物所有の目的で期間を定めず賃借したことが認められるから、前記一記載事実のとおり本件建物を買受け、本件土地賃借人の地位を承継した被控訴人の本件土地に対する借地権の存続期間は、借地法二条一項により三〇年であつてその満了日は昭和五七年八月二〇日となるところ、本件建物を所有することにより被控訴人においてその後も本件土地の使用を継続する一方、当時すでに控訴人が被控訴人に対し、本訴により建物朽廃を理由として本件建物の収去、土地明渡を請求していたことは、記録上明白であるから、特段の事情のない本件では、控訴人は、期間満了の際直ちに黙示により更新拒絶の異議を述べたものと認むべきである。(なお、昭和五八年三月一六日の当審第一回口頭弁論期日に控訴人が述べた更新拒絶の異議も、右状況の下においては、期間満了後遅滞なく述べた異議に該当するというべきである。)

2  正当事由の存否について

(一)  控訴入側の事情

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 控訴人は、京都市内の七店舗に、パチンコ二三〇一台を設置し、個人でパチンコ遊戯業及び織物業を営む裕福な業者であり、右店舗の本件建物は、一、二を除き控訴人の所有である。

(2) 本件紛争は、昭和五四年七月八日被控訴人が本件建物の修繕、補強工事の実施を通告し、控訴人がこれに対し朽廃並びに借地期間の満了接近を理由として異議を述べたことに始まる。

(3) 控訴人は、本件建物の隣りでパチンコ店「キング」を経営しているが、同店舗の規模は、近隣の他店に比しもつとも小さく、集客力の強化、営業収益の増加を計るためパチンコ約七〇台を増設できる本件土地の使用の必要がある。

(4) 控訴人は、本件紛争発生後人を介しあるいは原審の和解期日に合計一〇軒の借地権付家屋を代替家屋として被控訴人に提供したが、被控訴人は土地所有権付家屋を要求してこれを拒絶した。

(5) 控訴人は、昭和五八年三月一六日の当審第一回口頭弁論期日に正当事由の補強として、立退料四五〇〇万円を支払う意思がある旨申出たが、当審鑑定人中崎博司の鑑定によれば、本件土地の借地権価格は、昭和五八年六月現在四四五四万五〇〇〇円である。

なお、同年七月一三日の第四回口頭弁論期日に、控訴人は、右立退料の支払が正当事由の補強として不十分なときはその支払に代え、時価七九七五万円以上と推測される土地所有権付家屋を代替家屋として無償で被控訴人に取得させる意思がある旨表示した。

(二)  被控訴人側の事情

<証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。

(1) 被控訴人は、控訴人同様裕福な中堅級のパチンコ業者で、昭和三七年個人企業を法人化し、被控訴人の全額出資にかかる東洋実業を設立し、現在、同社は、京都市に本店をおくほか、神戸市、滋賀県下、福井県下の合計七店舗にパチンコ一三七〇台を設置して営業している。

(2) 被控訴人は、原判決の認定のとおり昭和五四年七月九日から同年八月中旬までの間約四〇〇万円を投じて本件建物の修繕、補強工事をなし、その一階を東洋実業の営業用機械機具収納用倉庫兼ガレージ(自動車一台分)として、二階を同社々員(家族三人)の住居に使用させている。

(3) 東洋実業の営業及び資産状況は極めて良好で、各店舗はいずれも立地条件が良く、会社は無借金経営を最近まで続け、多数かつ高額の不動産を所有し、その中でも、京都市中京区河原町三条下る三丁目奈良屋町三〇三番宅地60.69平方メートル及び同地上鉄骨鉄筋コンクリート造地下二階付陸屋根一一階建建物は、何ら負担のない、八年前からの空ビルで、立地条件が良く、東洋実業の倉庫及び社員の住宅として利用できないものではない。

(4) 被控訴人の自宅は、敷地四五〇坪あるほか、自動車六台収納できるガレーヂがあるので、東洋実業の自動車一台は、自宅に収納する余地がある。

3  双方の比較と結論

(一)  当事者双方の以上の各事情を比較すると、本件土地の必要性については、いずれが優位ともにわかに断じ難い。

しかし、被控訴人の経営する東洋実業は、事業規模において控訴人より劣るとしても、同会社の営業及び資産状況は、前記のとおり優良で他に空ビルを所有し、本件建物に住む社員及び収納機械器具の移転は必ずしも困難ではないと推察され、前記のとおり被控訴人が本件建物の修繕、補強工事に約四〇〇万円を投じた点並びに控訴人が借地権のあることを知つて本件土地を取得した点を斟酌しても、控訴人が本件土地の借地権価額に移転経費を付加した金額にほぼ相当すると認められる四五〇〇万円を立退料として支払う旨意思表示をなしたことを、補強条件として参酌すると、控訴人の更新拒絶の異議は、被控訴人の蒙る損害につき右金額の補償をする限りにおいて、正当事由があるものと認めるのが相当である。

したがつて控訴人の本件土地賃貸借契約の終了に基く建物収去、土地明渡の請求は、立退料四五〇〇万円の支払を条件として理由がある。

(二)  被控訴人は、立退料につき課税されることを前提として、右立退料によつては同等の代替物件が購入できないと主張するが、課税の有無は、現時点において確定できない事項であるうえ、控訴人の本件土地使用の必要性をも考慮すると、被控訴人において同等の代替物件を購入できなければ控訴人の更新拒絶の異議に正当事由がないことになるというものではない(なお、前記のとおり被控訴人は、東洋実業の所有名義で代替物件となりうる建物を保有しており、新規購入の必要はないであろう)から、右主張は採用できない。

(三)  土地所有者のなす更新拒絶の異議の正当事由は、一般に借地期間満了の時ないし異議を述べた時点を基準として、それまでの事実関係を中心にして判断すべきであるが、控訴人のなした立退料提供の申入れは、基準時から著しく隔つていない時期に生じた事実であつて、前記認定によれば右基準時に予想しえた事項といいうるから、これを補強条件として考慮することに何らの妨げはないといわなければならない。

四損害金の請求について

控訴人の主張する月額一〇万円の損害額は、これを認めるような証拠がない。しかし原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件土地の賃料は、借地期間満了時において月額二万五〇〇〇円であつたことを窺いうるから、控訴人の損害金の請求は、控訴人が被控訴人に対し立退料四五〇〇万円の提供をした日の翌日から本件土地明渡済に至るまで一か月二万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があると認める。

五そうすると、控訴人の本訴請求は、主文第二項表示の限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却すべく、これと異る原判決を変更することとし、第一、二審の訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(石川恭 仲江利政 蒲原範明)

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